ハムストリング肉離れにおけるLプロトコル:エビデンスに基づいた最新リハビリテーション

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こんにちは!福岡県筑紫野市二日市にある杏鍼灸整骨院の陣内由彦です。

今回はハムストリングの肉離れのリハビリについてご紹介していきたいと思います。

ハムストリングの肉離れは、スポーツ傷害の中で最も頻度の高い損傷の一つです。

特に短距離走、サッカー、バスケットボールなど、高速走行や急激な方向転換を伴う競技において頻発し、競技復帰までに長期間を要するだけでなく、再発率が約30%と非常に高いことが報告されています。

従来の保存的治療では十分な成果が得られないケースも多く、近年注目されているのが「Lプロトコル(L-protocol)」という革新的なリハビリテーション手法です。

この記事では、スウェーデンのAskling博士らによって開発されたLプロトコルについて、最新の研究論文に基づいたエビデンスを解説し、その具体的な実践方法と効果について詳しく説明します。

目次

ハムストリング肉離れの疫学と問題点

発生頻度と損傷機序

ハムストリング肉離れは、主に走行中の終末遊脚期(terminal swing phase)に発生すると考えられています。

このフェーズでは、ハムストリングは最大伸張位にあり、下肢を減速させるために遠心性収縮を行っています。

研究によると、スプリント速度が80%から100%に増加すると、ハムストリングにかかるピーク力が36N/kgから52N/kgへ、負の仕事量が1.4J/kgから2.6J/kgへと大幅に増加することが示されています。

特に大腿二頭筋長頭は、他のハムストリング筋群と比較して高速走行時の活動が67%増加し、損傷を受けやすい部位として知られています。一方、ダンサーなど極端なストレッチ動作を伴う競技では、半膜様筋の近位腱での損傷が多く報告されています。

再発率の高さとその要因

ハムストリング肉離れの最も深刻な問題は、その高い再発率です。約3分の1の症例が1年以内に再発し、特に競技復帰後2週間以内の再発リスクが最も高いとされています。

この高い再発率の背景には、以下のような要因が考えられます:

  1. 不完全な筋力回復:復帰時点でも健側と比較して等尺性膝屈曲筋力が9.6%、仕事量が6.4%低下していることが報告されています
  2. 瘢痕組織の形成:損傷部位に形成される瘢痕組織が筋収縮機序を変化させ、局所的な組織ストレインを増大させます
  3. 最適筋長の短縮:損傷後のハムストリングは、ピークトルク発生時の膝関節角度が健側より約12度屈曲位にシフトすることが示されており、これにより筋の作動範囲が不安定領域に移行します
  4. 神経筋コントロールの変化:損傷後は固有受容感覚と神経筋コントロールに変化が生じ、適応的な運動パターンの変化を招きます

Lプロトコルの開発背景と理論的根拠

従来のリハビリテーションの限界

従来のハムストリングリハビリテーションプログラムでは、主に等尺性収縮や短縮性収縮を中心とした筋力強化が行われてきました。しかし、ハムストリング損傷は高速走行中の遠心性収縮時に発生するという機序を考えると、このアプローチには大きな欠点がありました。

通常のレッグカール運動では、膝関節が屈曲するにつれて股関節も屈曲するため、大腿二頭筋長頭のような二関節筋を十分に伸張位で鍛えることができません。このため、実際のスプリント動作で要求される伸張位での遠心性筋力が十分に回復しないまま競技復帰し、再発につながっていたと考えられます。

伸張位での遠心性トレーニングの重要性

Askling博士らは、ハムストリング損傷後のリハビリテーションにおいて、伸張位での遠心性トレーニングが極めて重要であるという仮説を立てました。その理論的根拠は以下の通りです:

  1. 損傷機序との一致:高速走行中のハムストリングは、伸張位で最大の力を発揮しながら遠心性収縮を行っています。リハビリテーションもこの条件を模倣すべきです
  2. 最適筋長の適応:伸張位での遠心性トレーニングにより、ピーク筋力発生時の筋長が長い方向へシフトすることが示されています。これにより損傷前の最適筋長を回復し、再発リスクを低減できます
  3. 筋構造の変化:遠心性トレーニングは筋線維の直列的な伸長を促進し、より長い筋腹を形成します。これにより、筋腱移行部にかかるストレスが軽減されます

Lプロトコルの具体的内容

Lプロトコルは、「Lengthening(伸張)」を意味する”L”から名付けられ、ハムストリングを最大伸張位で負荷する3つのエクササイズから構成されています。各エクササイズは矢状面内で実施され、柔軟性向上、体幹・骨盤安定性との統合、そして筋力強化という異なる目的を持っています。

エクササイズ1:The Extender(伸張運動)

目的:柔軟性の向上とハムストリングの伸張耐性の獲得

実施方法:

  • 仰臥位で股関節を約90度屈曲させ、大腿部を両手で保持します
  • 患側の膝関節をゆっくりと伸展させていきます
  • 痛みが出る直前で停止し、この位置を保持します
  • 1日2回、1セット12回の実施を推奨します

重要なポイント: このエクササイズは、従来の受動的ストレッチとは異なり、能動的に膝を伸展させることで、ハムストリングに制御された負荷をかけながら伸張位での筋活動を促します。痛みが出る直前で停止することで、組織の治癒を妨げることなく、段階的に可動域を拡大していきます。

エクササイズ2:The Diver(ダイバー運動)

目的:筋力強化と体幹・骨盤の安定性との統合

実施方法:

  • 患側の片脚立位を取ります
  • 膝を10〜20度屈曲させた状態を保ちます
  • 体幹を直立位から股関節を軸に前方へ倒していきます(ダイビング動作を模倣)
  • 同時に非患側の脚を後方へ伸展させ、両腕を前方へ伸ばします
  • 可能な限り体幹が床と平行になるよう努め、その位置を保持します
  • 1日1回、1セット6回の実施を推奨します

重要なポイント: このエクササイズは、ハムストリングが股関節屈曲・膝関節伸展という最大伸張位で負荷を受けながら、同時に体幹と骨盤の安定性を要求します。これにより、実際のスポーツ動作により近い条件下でのトレーニングが可能となります。

エクササイズ3:The Glider(グライダー運動)

目的:高負荷での遠心性筋力強化

実施方法:

  • 直立位で片手を支持物(壁や手すり)に置きます
  • 患側の片脚立位を取り、膝を10〜20度屈曲させます
  • 体重を患側の踵に完全にかけます
  • 非患側の脚を後方へ滑らせていきます(床が滑りやすい環境、またはスライダーを使用)
  • 痛みが出る直前で停止します
  • 開始位置への復帰は、両腕の力を使って行い、患側の脚は使いません
  • 3日に1回、1セット6回の実施を推奨します

重要なポイント: このエクササイズは、Lプロトコルの中で最も高負荷なトレーニングです。患側のハムストリングが完全な体重負荷下で伸張される中で、遠心性収縮を行います。開始位置への復帰を腕の力で行うことで、求心性収縮による追加ストレスを避けています。

Lプロトコルの科学的エビデンス

ランダム化比較試験の結果

Askling博士らは、エリートサッカー選手を対象とした二つの重要なランダム化比較試験を実施しました。第一の研究では、MRIで確認されたハムストリング損傷を持つ75名のスウェーデンのエリートサッカー選手を、Lプロトコル群と従来型プロトコル(Cプロトコル)群にランダムに割り付けました。

エリートサッカー選手での結果:

  • Lプロトコル群の競技復帰までの平均日数:28日
  • Cプロトコル群の競技復帰までの平均日数:51日
  • 統計的に有意な差が認められ、Lプロトコルが約45%の期間短縮を実現
  • 12ヶ月間の追跡調査で、Lプロトコル群では再発なし、Cプロトコル群では1例の再発

エリート短距離・跳躍選手での結果: 第二の研究では、短距離走者と跳躍選手を対象に同様の比較を行いました:

  • Lプロトコル群の競技復帰までの平均日数:49日
  • Cプロトコル群の競技復帰までの平均日数:86日
  • 約43%の期間短縮を実現
  • 12ヶ月間の追跡調査で、Lプロトコル群では再発なし、Cプロトコル群では2例の再発

これらの結果は、損傷タイプに関わらず、Lプロトコルの優位性を示しています。

システマティックレビューとメタアナリシス

2025年に発表された最新のシステマティックレビューとメタアナリシスでは、様々なハムストリングリハビリテーションプロトコルの効果を統合的に評価しました。この研究により、以下のことが明らかになりました:

  1. 再発率の低減:Lプロトコルは従来型プロトコルと比較して、再発率を有意に低減(平均差 = -1.95, 95% CI [-1.81, -0.29])
  2. 競技復帰期間の短縮:競技復帰までの期間を有意に短縮(平均差 = -4.39, 95% CI [-5.67, -3.11])
  3. 筋構造への影響:8週間のLプロトコル実施により、ハムストリングの柔軟性が有意に向上(効果量d=0.98)

他のリハビリテーションプログラムとの比較

Silder博士らによる研究では、Lプロトコルの要素を含むPRES(漸進的ランニングと遠心性強化)プログラムと、PATS(漸進的アジリティと体幹安定化)プログラムを比較しました。両群とも良好な成績を示しましたが、興味深いことに、臨床的に復帰基準を満たした時点でも、MRI上では完全な治癒が確認されませんでした。

これは、臨床評価だけでは組織の完全回復を判断できないことを示唆しています。

Lプロトコルのメカニズム

筋構造の適応

Lプロトコルが効果を発揮するメカニズムとして、以下の筋構造の適応が報告されています:

  1. 筋線維長の増加:伸張位での遠心性トレーニングは、筋節の直列的な追加を促進します。これにより、筋腹全体の長さが増加し、同じ筋腱ユニット全体の伸張に対して、個々の筋線維にかかるストレインが減少します
  2. 最適筋長の適応:前述の通り、伸張位でのトレーニングにより、ピーク筋力を発生する筋長がより長い方向へシフトします。これにより、高速走行時の伸張位でも十分な筋力を発揮できるようになります
  3. 筋腱移行部の強化:段階的な負荷により、筋腱移行部の組織リモデリングが促進され、より強靭な構造が形成されます

神経筋コントロールの改善

Lプロトコルは、単純な筋力強化だけでなく、神経筋コントロールの改善にも寄与します:

  1. 固有受容感覚の回復:伸張位での制御された動作により、損傷後に低下した固有受容感覚が改善されます
  2. 運動パターンの正常化:損傷後に生じる代償的な運動パターンを修正し、正常な神経筋活動パターンを再獲得します
  3. 恐怖回避行動の克服:段階的な負荷増大により、再損傷への恐怖を軽減し、心理的な競技復帰準備を促進します

Lプロトコルの実施におけるポイント

開始時期

研究では、損傷後5日以内にプロトコルを開始することが推奨されています。ただし、以下の条件を満たしている必要があります:

  1. 歩行時に痛みがないこと
  2. 軽度のストレッチで筋の伸張感を感じられること
  3. 急性炎症症状(熱感、著明な腫脹)が軽減していること

重要なのは、「痛みを出さない範囲で」という原則です。各エクササイズは痛みが出る直前で停止し、痛みを誘発してはいけません。

プログレッション

Lプロトコルは以下のように段階的に進行させます:

第1段階(損傷後1〜2週):

  • The Extenderから開始
  • 可動域と保持時間を徐々に増加
  • 日常生活動作での痛みがないことを確認

第2段階(損傷後2〜3週):

  • The Diverを追加
  • ジョギング(軽度の速度)を開始
  • 股関節周囲筋の強化も併用

第3段階(損傷後3〜4週以降):

  • The Gliderを追加
  • ランニング速度を段階的に増加
  • スポーツ特異的な動作を導入

各段階の進行は、個々の回復状況に応じて調整する必要があります。痛みの増悪や不安感がある場合は、前の段階に戻ることも重要です。

競技復帰の判断基準

Lプロトコル実施後の競技復帰には、以下の客観的な基準を満たすことが推奨されています:

筋力評価

  1. 等尺性筋力:健側との差が5%以内
  2. 等速性筋力:
    • 求心性・遠心性ハムストリング筋力:健側との差が5%以内
    • ハムストリング/大腿四頭筋比:特に遠心性ハムストリング/求心性大腿四頭筋比
  3. ピークトルク発生角度:健側との差が5度以内
  4. ピークトルクまでの時間:健側との差が10%以内

機能的評価

  1. Active Knee Extension Test:健側との差が10度以内
  2. H-test(能動的直腿挙上テスト):最高速度での実施時に不安感がないこと
  3. シングルレッグハムストリングブリッジ:25回以上の反復が可能
  4. スポーツ特異的動作:最大速度での走行、カッティング、ジャンプ動作が痛みなく実施可能

Askling H-testは2010年に報告されたテストです。

2013年と2014年のこのテストを用いた再発率は3.6%と1.6%と報告されています。

2016年のレビューでもこのテストは有望なツールであると述べられています。

非常に面白いテスト法です。

その他の考慮事項

  1. 触診:損傷部位の圧痛が消失していること
  2. 柔軟性:健側との差が10%以内
  3. MRI所見:必須ではありませんが、参考情報として活用可能
  4. 心理的準備:再損傷への恐怖がないこと

早期導入vs.遅延導入に関する最新知見

2022年に発表された研究では、伸張エクササイズを損傷後1日目から開始する早期導入群と、70%速度でのランニングが可能になってから開始する遅延導入群を比較しました。興味深いことに、両群間で競技復帰期間や再発率に有意差は認められませんでした。

この結果は、Lプロトコルの効果が伸張エクササイズそのものの価値にあり、導入時期よりも適切な実施方法と漸進性が重要であることを示唆しています。ただし、早期導入が安全であることも同時に示されており、適切な指導下であれば早期からの開始が可能です。

まとめ

Lプロトコルは、ハムストリング肉離れに対する革新的なリハビリテーション手法として、強固なエビデンスに支えられています。その核心は、損傷機序と一致した伸張位での遠心性トレーニングにより、筋構造と神経筋機能の適切な回復を促進することにあります。

臨床現場でLプロトコルを実施する際の重要なポイントは:

  1. 早期開始:条件が整えば損傷後5日以内に開始
  2. 痛みの管理:すべてのエクササイズは痛みが出る直前で停止
  3. 段階的進行:個々の回復状況に応じた慎重なプログレッション
  4. 包括的アプローチ:Lプロトコルに加え、体幹安定性、股関節周囲筋強化、アジリティトレーニングを統合
  5. 客観的評価:筋力、柔軟性、機能的テストによる多角的な復帰判断
  6. 継続的フォロー:競技復帰後も独立したリハビリテーションを継続

ハムストリング肉離れは、適切なリハビリテーションなしでは高い再発率を示す難治性の損傷です。

しかし、エビデンスに基づいたLプロトコルの実施により、より早期の競技復帰と低い再発率を実現できる可能性が示されています。医療従事者とアスリートが協力し、このプロトコルを適切に実施することで、ハムストリング損傷の予後を大きく改善できるでしょう。


参考文献:

  • Askling CM, et al. (2013). Acute hamstring injuries in Swedish elite football: a prospective randomised controlled clinical trial. British Journal of Sports Medicine.
  • Erickson LN & Sherry MA (2017). Rehabilitation and return to sport after hamstring strain injury. Journal of Sport and Health Science.
  • Kamal HA, et al. (2025). Comparative effectiveness of rehabilitation protocols for hamstring injuries: A systematic review and meta-analysis. Musculoskeletal Science and Practice.

投稿者プロフィール

陣内由彦
陣内由彦柔道整復師、鍼灸師
院長  柔道整復師  鍼灸師

福岡医健専門学校卒業

株式会社セイリン様、株式会社伊藤超短波などでもセミナー活動をしており精力的に鍼灸をひろめようと活動もしております。

陸上競技、ソフトボール、バレーボール、柔道、剣道など様々なスポーツチームの帯同経験多数
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